えんむすびの神さま 京都地主神社
参拝時間 午前9時~午後5時

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原初の神々(その2) 信仰の源

古代の世界各地に蛇への信仰があったといわれます。
この信仰が世界に共通してあったことも不思議ですが、
なぜ蛇を神と崇めたのでしょうか? 
 
日本の神道の儀式においては、祓い、禊(みそ)ぎなど心身の
清浄が強調されます。一説には、ミソギとは、蛇の脱皮を
表す「身削ぎ(ミソギ)」が語源ではないかといわれます。
蛇は年に何度も脱皮をし、成長し、命をつなぎます。
それも目の表面まで脱皮するという徹底的なものだそうです。
この様子を観察した古代人は、脱皮の度に蛇が生まれかわり
新しい生命力と永遠の命を宿すと考え、このことに畏敬の念を
持ったのではないかと思われます。
この生まれかわりと、永遠の生命への希求こそが世界の人々の
信仰の根源にあるのではないでしょうか。
 
神社での初宮参りのように、世界中のイニシエーション、
通過儀礼が信仰に基づいて行われます。
このことも、生まれかわり、永遠の生命の希求にかかわる
ことなのですが、詳しくは回をあらためたいと思います。

原初の神々(その2) 信仰の源|メイン

原初の神々(その1) 世界中にあった蛇信仰

世界の神話や伝説、神への信仰に不思議な共通点がみられる
ことが、少なくありません。そうした信仰一つに、蛇への信仰
があります。古代エジプトで蛇が権威の象徴であったり、
マヤ文明など、非常に古い時代、世界の各地で蛇への信仰が
あったといわれています。
 
古代日本の各地でも蛇への強い信仰がありました。
沖縄、奄美や宮古島などにも蛇に関する伝承が数多く残されています。
これらの伝承と、奈良県三輪の蛇信仰に共通点がみられたり、
三輪と諏訪の蛇信仰にも関連があるとされます。
 
現在でも、蛇信仰の名残が神道の儀式には残されています。
たとえば、しめ縄の形は蛇の交尾を象ったものではないかとする説が
あります。蛇をカカシということがありますが、田んぼのカカシも元は蛇信仰
に由来する山の神であるともいわれます。
 
蛇に対し、おそらく良いイメージをお持ちの方は、少ないと思います。
しかし一方で、蛇をヌシとして殺生を慎んだり、蛇が脱皮した皮を
金運のお守りとして、財布に忍ばせる方もおられるでしょう。
世界各地に広がる蛇への信仰、また蛇に対する嫌悪と畏敬
こうした信仰のありように、私たちの原初の宗教観、あるいは
信仰のあるなしにかかわらず、すべての人の深層にある神への
観念を見て取れるのではないかと思います。
このお話をもう少し続けたいと思います。

原初の神々(その1) 世界中にあった蛇信仰|メイン

節分の豆(2)~世界共通の厄除け儀式

節分をまく儀式は、中国から伝わったのですが、
古代の日本にも同じような神事はありました。
地鎮祭などで、塩と共に米をまいてお祓いをするのは
その名残ともいわれます。
 
このような豆まきの儀式は、さらに古代のギリシャ、ローマでも
行われていたといいます。
こちらの豆はソラ豆だそうですが、アメリカインディアンなど
世界の各地にも同様の儀式がありました。
そして、各地の儀式に共通の豆に対する考えがあります。
以前も書きましたが、豆そのものが鬼、つまり災いのもと
とされると同時に、豆にはこの災いを福に転じる神聖な霊力を
持つとされているのです。
 
なぜ、世界の異なる地域にこのような同様の儀式や
考え方があったのか、あるいは伝搬したのか
非常に興味深いところです。
あるいは、人類共通の宗教観が、脳のどこかに
セットされているのかもしれません。
 
古代ギリシャにおいて、豆の持つ霊力やあいまいさを
非常に嫌悪した一派がありました。
西欧哲学の原点は、この一派にあるとさえいわれて
います。
 
こうしてみると節分の豆まきは、実に世界の文化と連なる
儀式なのです。

節分の豆(2)~世界共通の厄除け儀式|メイン

鏡餅(かがみもち)~神霊がやどる依代(よりしろ)

鏡餅は、お正月の縁起物として各家庭にも飾られます。
鏡餅に添えられる橙(だいだい)と昆布は子孫繁栄、
裏白(うらじろ)と串柿は長寿の祈りを込めたものといわれます。
2段重ねにするのは、福が重なるようににとの願いを
込めたものとも、奇数をさけたともいわれます。
 
鏡餅は、今では神へのお供え物ととらえられています。
しかし、本来は鏡餅そのものが、神様が降りられる依代
(よりしろ)
、ご神体でした。
現在でも正月にご神体として鏡餅を神殿にお祀りし
祈りを捧げる風習を残す地方があります。
鏡餅にお降りになる神は、年の初めにお祀りする
歳神(としがみ)であり、先祖神、あるいは
穀霊(穀物の神)とされます。
年初、この神に、幸福や豊作を祈願したのでした。
 
鏡餅のカガミは、三種の神器の神鏡を意味し、鏡餅が
丸いのはそのためといわれています。
また一説には、蛇目(カガメ)、つまり蛇を意味しているのでは
ないかといわれます。やや唐突な説のようですが、
古代においては、蛇への強い信仰が日本のみならず
世界にありました。こうした信仰の痕跡が、実は神道の儀式の
いたるところに残されており、鏡餅もその一つという説です。
鏡餅が二段重ねにされるのは、蛇がトグロを巻いた様を模したもの
ではないかとされます。
 
いずれにしても鏡餅は、古代から、日本人の原初的な
信仰心によって伝えられてきた風習なのです

鏡餅(かがみもち)~神霊がやどる依代(よりしろ)|メイン

神様の方向~北と東

北の座は、神道では一番位の高い方位とされます。
地主神社ご本殿も北の座のもっとも貴い位置に祀られています。
参照ページ
なぜ北が宗教的に貴いとされるのか?
それは中国から伝わった北極星への信仰が起源といわれます。
 
夜空の星は東から西へと回っているのですが、
北極星だけは、まるで宇宙の中心であるかのように
動きません。このことから、古代の中国の人々は
北極星を全宇宙、すべての存在の根本、根源であるとして
信仰したのでした。
このような星の運行に基づいて未来を予測したり
占ったりすることは、当時は宗教というより
むしろ最先端の科学でした。このような中国の
進んだ思想を日本の政治や祭祀に取り入れ、
完成させたのが、天武天皇ともいわれます。
一方で、日本古来からの祭祀のあり方も残されました。
北に対し東を神の方位とするのが、日本古来の
信仰とされます。
お札は北側か、西側に祀るとされます。
東西は逆になっていますが、このような
作法にも中国からの思想と日本古来の
信仰が融合しているようです。
 
地主神社境内の「恋占いの石」は本殿前に
東西に向かい合ってあります。
参照ページ) 
この石への信仰は、日本古来のものです。
地主神社においても、当時最先端であった中国の思想と
日本古来の信仰が、交差し融合した痕跡があるのです。

神様の方向~北と東|メイン

産土神(ウブスナガミ)~氏神様とはちがう?

産土神は、氏神(うじがみ)と今では混同されていますが、
本来は、別の意味があります。
 
かつてお産のために、わざわざ産小屋が作られました。
内部には砂をまき、その上に藁(ワラ)がひかれました。
ウブスナのスナとは、この砂を指すのではないかと
いわれます。
 
なぜ砂がまかれたかは、はっきりしません。
産小屋を海岸に造る地方もありました。
日本の古代の信仰では、海の彼方に、
神の国あるいは、黄泉の国があるとされていたため
命をそこから迎えるために、海の近くに造ったとも
考えられます。産小屋の砂は、そのような
海岸の砂の名残ではないかとも思われます。
 
産小屋の砂は、次第に土へと変化し、土地
そのものを表すようになります。
産土神は、その土地や地域の神、すなわち
地縁の神を意味するのです。
 
これに対し、氏神は元々は同族の神、
血縁の神を意味していました。
 
スナが海岸の砂であるとすれば、
人の遠い祖先が海の生物から進化し
そして陸上にあがった、そんな遺伝子
の記憶がこのような風習をつくり出したのかも
しれません。

産土神(ウブスナガミ)~氏神様とはちがう?|メイン

太陽の神 天照大神(アマテラスオオミカミ)

日本の神話では、太陽は天照大神であり、
その神は、女性です。
日本で女性を表す色は、赤系となっているも
太陽の色が赤く見え、太陽を女性ととらえる事に
由来するといわれます。
 
一方、太陽が男性神とされる国もあります。
中国北方の騎馬民族なども、そのような例で
この場合、赤は男性の色とされます。
赤が女性の色とされることは、世界でも
あまりないのです。
 
天照大神は、原初、太陽神に仕える巫女であったいう説も
あります。
武の神とされる八幡神は、中国の王の
娘が、日の光に感受して身ごもり、生まれた
とされています。類似の神話が日本の各地にあります。
ここに登場するような娘が、太陽神の妻であり、それはつまり
太陽神に仕える巫女であり、天照大神の根源とみられるのです。
神話が、政治的な意図で編纂される中、天照大神が太陽神と
されるようになったのではないかといわれます。
 
赤を女性の色とするのは、日本の文化に特徴的に
見られるものです。幼い女の子が、赤系の色を好むのも
歴史的宗教的背景があるのです。

太陽の神 天照大神(アマテラスオオミカミ)|メイン

荒ぶる神~鬼

日本の神話に登場する神々は、
決して心の優しい神ばかりではありません。
人々に災いを与えたり、祟ったりする神も
おられます。「」もそういう神として、恐れられています。
 
しかしながら、伝説に語られる鬼の源流をたどると、
鬼とされているのは、だいたい、その土地の土着の人々、
先住の人々なのです。
 
鬼伝説は、そういう土地の人々が、中央の政権によって
征服される物語といえます。一昔前のアメリカ映画では
先住民族であるネイティブアメリカン(インディアン)が
悪であり、征服する白人の側が、善として描かれることがありました。
鬼伝説もまさに、そのような征服する側からの物語であり、視点を
かえれば、征服された人々の悲劇の物語ともいえます。
 
また、一説には鬼の原型は鉱山で働いていたタタラ師
ではないかともいわれます。過酷な環境での労働で
体はたくましく、また高温の熱で、顔は非常に険しかった
ところからでしょう。
 
京都府北部丹波地方の大江山の鬼伝説が特に有名なのは
この地に古くから銅山があったことが、一つの理由かもしれません。
3つの鬼伝説が残されていますが、やはり酒呑童子がもっとも有名でしょう。
同じく丹波の古刹、兵庫県市島町の清薗寺に伝わる縁起絵巻に鬼伝説が
描かれています。こちらのお寺のホームページでは、この鬼伝説の
アニメ版を見ることができます。見応えがあるページですので
是非一度ご覧になってください。
http://www2.odn.ne.jp/~cdw41280/seionji/kamishibai.html

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神様がお越しになる杜(もり)~神社の原型

神社はうっそうとした森の中にある、というイメージが
あるかと思います。
古代から、巨木に神がお降りになると、
考えられていました。
神様へ儀式は、そうした巨木数本に囲まれた
空間で行われました。
深い森の中でもなかったのです。
神社のもりというとき、という漢字を使うのは、
そのためです。
 
神道は、山、巨石、巨木など、自然を神と
仰ぐため、もともと、社殿などの建物は
必要なく、実際ありませんでした。
お祭りなどは、杜の中で、前回お話した
神籬をたて、臨時の小屋のようなものを
建てて行われました。
そして、祭りが終わると建物は、すべて
壊され、取り払われました。
この建物が、そのまま残されるように
なったのが、神社の社殿の原型と
されています。
 
8月のお盆になるとご先祖の霊が家に戻られる・・・
というような信仰は、仏教にはありませんでした。
先祖崇拝と仏教は、もともと関係なかったのです。
古代において、遠いご先祖は、村や家を守る神として崇められ
正月や夏の祭りの時、上述のようにお越しいただいたのでした。
神道は、現在でも日本人の宗教観や死生観に、根強く影響を
与えているのです。

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神様がお降りになる神籬(ひもろぎ)

神様が天からお降りいただくために
祭壇におまつりする木を神籬(ひもろぎ)といいます。
地鎮祭などで祭壇の中央に
祭られているあの木のことです。
 
古来から巨木などに神がお降りになる
と考えられていました。
やはり天に近いというイメージからでしょうか。
 
各地のお祭りで、よくある山車(だし)や
祇園祭の鉾や山の原型は、
ひもろぎであるといわれます。
ありがたい神様にお降りいただくため
ひもろぎをどんどん高く、そして豪華にしたのです。
結果、原型を全く想像もできない形になりました。
 
やや形式的になっている
神社の祭りですが、その儀式は
やはり古くから伝わる、人々の信仰心
の発露であるのです。

神様がお降りになる神籬(ひもろぎ)|メイン