えんむすびの神さま 京都地主神社
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宮司の言葉(バックナンバー)

 

                         
今月の宮司の言葉
平成23年度分バックナンバー
平成23年12月「しまい大国祭」「新年の干支 たつ」「大祓祭」
 平成23年も、残りわずかとなりました。この一年も、多くの皆さま方にご参拝いただきありがとうございました。新年も皆さま方のいっそうのご隆盛をお祈り申し上げます。

 今年も12月4日には、一年のご利益を感謝するとともに来る年の開運招福を願う「しまい大国祭」をとりおこないます。この日より新年の干支である「たつ」の絵馬(500円)も授与いたしますので、ぜひご参拝くださいませ。

 たつには、想像上の生き物である「竜」があてられています。竜は昔から水や海にゆかりが深く、神格化されて信仰されてきました。

 『日本書紀』には、海の神の娘である豊玉姫(とよたまひめ)が子をお産みになるとき、竜の姿になったと記されています。

  「豊玉姫、方(みざかり)に産(こう)むときに竜(たつ)に化為(な)りぬ。」(日本書紀)
  (豊玉姫は御子をお生みになるとき、竜の姿になった)

 竜は水中や地中に住み、ときに天空を駆けて雨を降らせると考えられていました。
『竹取物語』にも、かぐや姫のために竜の首の玉を探すことになった大伴の大納言が、次のように語る場面があります。

  「海山より、竜(たつ)はおりのぼる物なり」(竹取物語)
  (海や山から竜は昇り降りするものだ)

 京都の盆地も、はるか昔は湖の底でした。地主神社の鎮座地、蓬莱山(宝来山)からは、もしかしたら水中から昇る竜の姿が見えていたかもしれません。

 また、地主神社の拝殿の天井に「」が描かれているのをご存じでしょうか。狩野元信の筆によるこの竜は、どこから見てもこちらを睨んでいるように見えることから、「八方にらみの竜」と呼ばれ、京都の東を護る青龍ともされています。何かとあわただしい年の瀬ですが、私たちもこの竜にあやかり四方八方に目を配り、つつがなく新年を迎えたいものです。

 大みそかの12月31日には、1年間の心身のお祓いをする「大祓祭」の神事をとりおこないます。ぜひご参拝いただき、心も新たに良いお年をお迎えくださいませ。
おしあわせに。

平成23年11月「新嘗祭」「勤労感謝の日」「もみじ祭」
 秋も深まり、新米のおいしい季節となりました。お米を命の源としていた昔の人々にとって、収穫の秋は、今以上に大切な季節だったことでしょう。豊かな実りをもたらす田んぼも、神聖なものとされていました。『古事記』には、神様も自ら田んぼを持っておられたことが記されています。

  天照大御神の営田(つくだ)の畔(あ)を(古事記)
  (天照大神の耕作する田の畔(あぜ)を)

 穫れたての新米も神聖なものとされ、初めて新米をいただく「新嘗祭(にいなめさい)」という神事が行われました。そのための御殿もしつらえられていたほどです。

  新嘗屋(にひなへや)に(古事記)
  (新穀をお召し上がりになる御殿に)

 新嘗祭の翌日には宴が催され、五人の舞姫が感謝を込めて舞を舞いました。舞姫に選ばれることは名誉であり、『源氏物語』では、皆が協力して衣装を支度したり、舞を稽古したりする様子が描かれています。

  今年、五節たてまつりたまふ(中略)童女の装束など、近うなりぬとて、急ぎせさたまふ。(源氏物語)
  (今年の新嘗祭には、五節の舞姫を奉られる。(中略)童女の装束など、その日が近づいたので、急いで準備をおさせになる)

 自然の恵みに感謝するこの行事は、今では「勤労感謝の日」として、一人ひとりの日ごろの働きを互いに感謝し合う日となりました。

 また、実りの秋は紅葉の秋でもあります。地主神社のある蓬莱山(宝来山)周辺は、古くからもみじの名所としても知られます。美しい紅葉を愛で、惜しむ心も、万葉の昔から私たちが大切に受け継いできたものです。

  秋山にもみつ木(こ)の葉のうつりなばさらにや秋を見まく欲(ほ)りせむ(万葉集)
  (秋山のもみじが散ってしまったら、もっとその美しい姿を見たいと思うことでしょう)

 さまざまな秋の恵みを心ゆくまで味わえるのも、神さまのお力とご縁のたまものです。
 地主神社でも秋の豊作と縁結びのご利益に感謝し、今年も11月23日の「勤労感謝の日」に「もみじ祭」を執り行います。蓬莱山(宝来山)から採れた美しい紅葉を手にした巫女が、神さまへの感謝を込めて舞を奉納いたします。また、同日に行われる「お火焚の神事」では、皆さまの健康・病気回復もご祈願致します。

 どうぞ、錦秋の京都を散策される折には、ぜひ地主神社にもお立ち寄りくださいませ。おしあわせに。

平成23年10月「神無月」「百薬の長」「いなばの白うさぎ」
 10月は「神無月」と呼ばれ、神様が神社におられない月という話がよく聞かれますが、これは俗説とされています。新しく収穫したお米で新酒を「醸(か)み成(な)す」月といわれていたのが、「神無月」と当て字にされるようになったという説もあります。 『古事記』では、歌い踊りながら造ったお酒がほめたたえられています。

  歌ひつつ 醸みけれかも 舞ひつつ 醸みけれかも(古事記)
  (歌いながら造ったためか、踊りながら造ったためか[不思議に楽しいお酒です])

 もともとお酒は、神さまとの交流の場でいただく神聖な飲み物でした。神さまはにぎやかなことを好まれますから、お酒を飲むときも神さまと一緒にみんなでいただくのが古来のしきたりでした。

  天地と久しきまでに万代(よろづよ)に仕へまつらむ黒酒(くろき)白酒(しろき)を(万葉集)
  (いつまでも奉りましょう、黒酒と白酒を)

 また、お酒は「百薬の長」といわれるように、薬としても重用されました。心の憂いを忘れさせてくれる妙薬でもあったことでしょう。

  験(しるし)なきものを思はずは一杯(ひとつき)の濁れる酒を飲むべくあるらし(万葉集)
  (考えても仕方がないことを考えるより、一杯の濁り酒でも飲んだ方がよいようだ)

 地主神社でお祀りしている大国主命という神さまは、薬の神さまでもあります。

  蒲黄(かまのはな)を取りて(中略)かならず差(い)えなむ(古事記)
  (蒲(がま)の花粉を取って(中略)きっと治るだろう)

 これは、傷ついたうさぎに「蒲の花の花粉で治しなさい」と教えて救ったもので、「いなばの白うさぎ」の物語として語り伝えられています。
 地主神社のホームページでも「神様の絵本」と題してご紹介していますので、ぜひご覧ください。

 蒲の花粉は黄色ですが、秋に咲く黄色い花といえばキンモクセイがあります。地主神社でも、例年10月初旬頃に満開を迎えます。ご参拝の折には、ぜひ秋らしい彩りと香りをお楽しみくださいませ。おしあわせに。

平成23年9月「敬老祭」「長寿箸」「蓬莱山」
 9月第3月曜日は「敬老の日」。人生の先輩を敬うことは、自分自身の生き方を振り返ることでもあります。

  「年老いたる人の、一事すぐれたる才の有りて」(徒然草)
  (年をとった人で、一つ優れた才能があって)

 重ねた年月の中で磨きあげられた知恵は、かけがえのない宝物。年若い者はそれを敬うとともに、自らも次の世代へと伝えられる何かを育んでいきたいものです。
 皆さまがいつまでも健やかに、心豊かに暮らしていただけるように…。そんな願いを込めて、地主神社では毎年、「敬老祭」を執り行い、70歳以上の方には「長寿箸」と「開運こづち」を授与いたしております。
 長生きの基本は、やはり食生活。私たちの食事に欠かせないお箸は、かつては神さまがお使いになる神聖なものであり、いのちの源でした。

  「この時、箸その河より流れ下りき」(古事記)
  (このとき、箸がその川を流れ下ってきた)
 追放され、一人さまよっていたスサノオノミコトは、川を流れてきたお箸を見ただけで「この上に人が生きている」という希望を抱き、川上へと進んだのです。
 また、本来は神聖なものであったお箸は、その使い方にも作法がありました。子どものころにお箸の持ち方を教わった方も多いのではないでしょうか。
 『枕草子』では、貴い方がお箸を動かす音にさえ感嘆を込めて耳が傾けられています。

  「箸、匙(かひ)などとりまぜて鳴りたる、をかし」(枕草子)
  (箸や匙(かい)などの音がまざって鳴ったのは趣がある)

 ちなみに70歳は「古稀」と呼ばれますが、これは唐の詩人、杜甫の詩に由来したものです。

  「人生七十古来稀」(杜甫)
  (70歳まで生きる人は非常に少ない)

 今では平均寿命も大きく伸び、いくつになってもお元気で若々しい方も増えました。
 地主神社の境内も、古くから不老長寿の霊山である蓬莱山(宝来山)としても信仰されております。敬老祭をはじめ、秋の京都散策の折にはぜひご祈願くださいませ。おしあわせに。

平成23年8月「お盆」「五山の送り火」「開運こづち」
 八月、京都はお盆の季節を迎えます。
 よく知られた「五山の送り火」は、お盆にお迎えしたご先祖がお帰りになる道を照らすために、大文字山をはじめとする山々に火を灯すものです。

  旅にあれど夜は火燈(とも)し居(を)るわれを闇にや妹が恋ひつつあるらむ(万葉集)
  (旅のなかでも夜は火を灯している私なのに、妻は闇夜の中で恋しく思っているだろうか)

 暗い中をひとりでいるのは心細いものです。三方を山に囲まれた京都盆地の夜は、昔はさぞ暗かったことでしょう。
 エアコンなどもなかった昔は、家の中に風を通して涼をとりました。夜、眠るときには蚊が入ってこないように、蚊帳をつるして寝床を覆ったものです。

  あぢきなや蚊帳の裾踏む魂祭(たままつり)(蕪村)
  (つまらないものだ、魂祭に蚊帳の裾を踏むとは)

 魂祭とは、いわゆるお盆のこと。薬品などを使わない蚊帳は、エコロジーの観点からも注目されているそうです。子どものころにお年寄りなどから「ご先祖さまは小さな虫の姿でいらっしゃることもあるから、お盆には虫を逃がしてやりなさい」と聞いたことのある方もおられるのではないでしょうか。

 神さまもご先祖さまも、私たちの身の回りの小さなものに宿りながら、いつも私たちを見守ってくださっています。お守りもその一つといえるでしょう。
 地主神社では8月7日、「えんむすび地主祭り」を執り行います。毎月第1日曜日に行っている月例祭で、お祓いを受けた方には、小さな小づちの形をした「開運こづち」を授与いたします。バッグや財布の中に入れて持ち歩いていただける小さなものです。

  小さきものは、みなうつくし(枕草子)
  (小さなものは、どれもみなかわいらしい)

 暦の上では立秋ですが、まだまだ夏は真っ盛り。身近にある小さな涼を探しながら、残りの夏も乗りきっていきたいものです。おしあわせに。

平成23年7月「天の川」「七夕祭り」「七夕こけし」
 七夕の笹飾りが見られるころとなりました。7月7日は年に一度、織姫と彦星が会える日です。万葉集にも、彦星の訪れを心待ちにする織姫の気持ちを詠んだ歌が収められています。

  ひさかたの天(あま)の川瀬に舟浮(う)けて今夜(こよひ)か君が我がり来(き)まさむ(万葉集)
  (天の川に船を浮かべて、今夜はあなたがいらっしゃる)

 「七夕」の伝説は中国から伝わったものですが、もともと日本にあった機織女(はたおりめ)と結びついて親しまれるようになりました。『古事記』にも、神さまのおそばで機を織る機織女が登場します。

  天の服織女(はたおりめ)見驚きて(古事記)
  (機織女はこれを見て驚き)

 機織女は、神さまに捧げる衣を織るという神聖な仕事についていたことから、織姫も裁縫などが得意な女性とされました。『源氏物語』でも、織姫を引き合いに出して女性の素晴らしさをたたえる場面があります。

  織女の手にも劣るまじく(源氏物語)
  ((裁縫の腕前は)織姫にも劣らないくらい)

 そんな織姫にあやかろうと、七夕の笹には学問や技芸の上達を願った短冊を飾るようになりました。子どものころ、短冊に願い事を書いたという方も多いことでしょう。

 地主神社でも、7月7日には「七夕祭」を執り行い、本殿の両側には大きな笹が飾られます。
 このお祭りでは、織姫と彦星に見立てた「七夕こけし」に、想う人の名前と自分の名前を書いて結びあわせ、大笹に付けて恋の願掛けをしていただけます。まだ想う人とめぐり会っておられない方は、「こんな人に出会いたい」という希望をお書きください。

  天の川川門(かはと)に居(を)りて 年月を恋ひ来(こ)し君に今夜(こよい逢へるかも(万葉集)
  (天の川のほとりでずっと恋しく思ってきたあなたに、今夜やっと会えました)

 今あなたのおそばにおられる方とのご縁も、これからめぐり会う方とのご縁も、神さまはいつも見守ってくださっています。今年も地主神社の「七夕祭」で、すてきなご縁をご祈願くださいませ。おしあわせに。

平成23年6月「父の日」「夏越しの大祓祭」「茅の輪」「人形祓い」
 6月第3日曜日は「父の日」。お父さんに贈り物をされる方も多いのではないでしょうか。父や母を慕う気持ちは昔も今も変わりはありません。万葉集でも次のような歌が詠まれています。

  父母(ちちはは)が頭(かしら)かき撫で幸(さ)くあれて言ひし言葉ぜ忘れかねつる(万葉集)
  (父と母が私の頭を撫でながら、「無事でいるように」と言った言葉が忘れられない)

 ところで、地主神社の主祭神である大国主命のお父様は、素戔鳴命(すさのおのみこと)で、八岐大蛇(やまたのおろち)という八つの頭を持った大蛇を退治した神話でよく知られる神さまです。

 素戔鳴命はあるとき、旅の途中で立ち寄った里で一夜の宿を借りられました。そして、そのお礼として宿の主人にチガヤという草で作った茅の輪を与えて、こうおっしゃいました。

  茅の輪を以ちて腰に着けてたる人は、免れなむ(風土記)
  (茅の輪を腰に着けている人は、病気にかかることはないでしょう)

 お言葉通り、茅の輪を賜った家の人々は疫病などが流行しても病に倒れることなく、末長く栄えたそうです。

 そんな茅の輪にあやかり、地主神社では6月30日に直径約2メートルという大きな茅の輪を境内にしつらえ、「夏越(なご)しの大祓祭」を執り行います。神聖な茅の輪をくぐることでこの半年間のけがれを祓い、これから半年の無病息災を祈願するというものです。

  母の分んも一つ潜るちのわ哉(小林一茶)
  (母の分としてもう一度くぐる茅の輪であることよ)

 当日は、小さな「茅の輪守り」も授与いたします。ぜひお授かりいただき、お父さんやお母さんをはじめ、ご家族みなさまのご健康をお祈りくださいませ。
 また、人をかたどった紙に息を吹きかけ、ご自身のけがれを移してお祓いする「人形(ひとがた)祓い」もございます。この機会にぜひお受けいただき、残りの半年も清らかな心でお過ごしくださいませ。

 6月は一年の折り返し地点。あらためて皆さまがお健やかな日々を迎えられますよう、心よりお祈り申し上げます。おしあわせに。


平成23年5月「子どもの日」「菖蒲(ショウブ)」「例大祭 地主祭り(神幸祭)」
 5月5日は「子どもの日」。ゴールデンウィークを待ち望む私たちのように、昔の人にとってもこの日は待ち遠しい日でした。

  あやめぐさおひにし数をかぞえつつひくや五月の節(せち)に待たると(蜻蛉日記)
  (ショウブ(あやめぐさ)の数を数えては、5月5日の節句が切に待たれる)

 今では5月5日は子どもたちの健やかな成長を願う日とされていますが、もともとは疫病退散のために薬草を摘む「薬狩(くすりがり)」が行われるなど、大人も子どもも健康を祈願する日でした。
 ショウブの葉を浮かべた菖蒲湯に入るのも、その名残です。ショウブの葉は独特の香りがあり、剣の形をしていることから魔よけの薬玉(くすだま)には欠かせないものでした。

  あやめぐさ 玉貫(ぬ)くまでに(万葉集)
  (ショウブを薬玉に通す五月になるまでは)

 さまざまな香料を詰めた薬玉は邪気を払うものとされ、5月5日の端午の節句には柱などに飾ったり、腰に付けたりしました。

  薬玉(くすだま)賜はすれば、拝(はい)して腰に付け(枕草子)
  (帝から賜った薬玉を腰に付け)

 また、ショウブの根も薬用とされるほか、根の長さを競って歌を詠む「菖蒲あわせ」という遊びも行われました。『源氏物語』では、ショウブの根を添えて歌が贈られた様子が描かれています。

  例にも引き出でつべき根に結びつけたまへれば(源氏物語)
  (語りぐさになるほど長いショウブの根に結びつけて)

 末長いしあわせを祈る気持ちは、昔も今も同じこと。
 地主神社でも5月5日は家内安全や良縁達成を祈願し、「例大祭 地主祭り(神幸祭)」を執り行います。約千年前、円融天皇の勅命による臨時祭を起源とする由緒あるお祭りです。神幸行列では、御所に地主桜を献上していた白川女をはじめ、武者や稚児などが華やかに練り歩きます。京都散策の折には、ぜひお立ち寄りくださいませ。おしあわせに。

平成23年4月「えんむすび祈願 さくら祭り」「地主桜」「田村」


 このたびの東北関東太平洋沖地震で被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 1日もはやく元の穏やかな日々を取り戻されますこと、被災地域の復興を心よりお祈り申し上げます。


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 古くから桜は神さまが宿る木であるとされ、そこに咲く花は神さまのご利益の現れと信じられてきました。長い冬のあとにひときわ華やかに咲く桜は、それだけ人々に待ち望まれていたのでしょう。

 万葉集には、遠くの山あいに咲く桜を見て、春が来たことをしみじみと実感する気持ちを詠んだ歌もあります。

  うちなびく春来たるらし山の際(ま)のとほき木末(こぬれ)の咲きゆく見れば(万葉集)
  (春が来たようだ、山あいの遠くのこずえに花が次々と咲いていくのを見ると)

 地主神社にも、一本の桜の木に一重と八重の花をつけるというめずらしい「地主桜」があります。謡曲「田村」でも次のようにほめたたえられているほどです。

  それ花の名所多しといへども(中略)地主の桜にしくはなし(田村)
  (花の名所は多いけれど(中略)地主桜に及ぶものはない)

 そんなゆかりの謡曲「田村」と「熊野」を奉納いたしますのが、4月17日にとりおこなわれる「えんむすび祈願 さくら祭り」です。境内には松尾芭蕉の師であった北村季吟の句碑もあり、その前で宮司が季吟の句を献詠いたします。

  地主からは木の間の花の都かな(季吟)
 (地主桜の間から見える京は、花盛りの都であることよ)

 桜の枝には、きっと花を待ち望む人々のさまざまな思いも込められていることでしょう。芭蕉も桜に寄せて次のような句を詠んでいます。

  さまざまのこと思ひ出す桜かな(芭蕉)
  (桜を眺めているとさまざまなことが思い出される)

 地主神社の境内には地主桜をはじめ多くの桜が美しく咲きそろいますが、心のふるさとに咲く桜はいつまでもいちばん美しいものだと思います。一人でも多くの方が穏やかな心で桜を愛でる日を迎えられることを願ってやみません。おしあわせに。


平成23年3月「ひな祭り」「人形(ひとがた)祓い」「桃の花」
 3月3日は、ひな祭り。ひな人形を飾って楽しまれる方も多いことでしょう。

 平安時代のひな人形は、「雛(ひひな)」と呼ばれ、貴族の雅な遊びの道具でした。『源氏物語』では愛らしい子どもの様子をひな人形にたとえています。

  いとうつくしげに、雛のやうなる御ありさまを、(源氏物語)
  (とてもかわいらしく、ひな人形のような姿を)

 もともと人形は「ひとがた」と呼ばれ、自分の身代わりとして人の形をした紙に厄を移してお祓いをする神聖なものでした。ひな祭りは、この「人形(ひとがた)祓い」に、中国から伝わった3月最初の巳の日にお祓いをする習慣が組み合わされたものです。『源氏物語』にも、光源氏に3月の人形祓いを勧める場面があります。

  弥生の朔日に出で来たる巳の日、「今日なむ、かく思すことある人は、御祓したまふべき」(源氏物語)
  (三月の最初の巳の日、「今日は、心に思うことのある方はお祓いをする日です」)

 地主神社でも、紙の人形(ひとがた)にお祓いしたいことを書いて水に流す「人形祓い」をご祈願いただけます。ひな祭りにちなんでぜひご祈願ください。

 江戸時代になると庶民の間でもひな祭りが行われるようになり、芝居に行かないから内裏びなを買ってほしいとねだる川柳も詠まれました。

  芝居をばやめて内裏の願ひ也(誹風柳多留)
  (芝居見物をやめて内裏びながほしいという)

 また、ひな祭りを「桃の節句」とも呼ぶように、3月は桃の花をはじめとする春の花が咲き始める季節です。

  三月三日は(中略)桃の花の、いま咲きはじむる(枕草子)
  (3月3日は(中略)桃の花がちょうど咲き始める)

 地主神社の境内でも3月下旬頃は桃の花がほころび始めます。どうぞ地主神社で、早春の京の華やぎをお楽しみくださいませ。おしあわせに。


平成23年2月「節分祭」「追儺」「鬼」「梅」
 2月3日は節分です。もともと節分は追儺(ついな)という平安時代の宮中の行事でした。「儺」とは鬼のことで、鬼を追い払って災難を祓うというものです。『蜻蛉日記』には、かけ声もにぎやかに子どもも大人も楽しげに鬼を追う様子が描かれています。

  人は童(わらは)、大人ともいはず、「儺(な)やらふ儺やらふ」と騒ぎのゝしるを(蜻蛉日記)
  (子どもも大人も「鬼は外、鬼は外」と大声で騒いでいるのを)

 子どもたちが鬼退治のまねをして遊ぶこともあったようです。『源氏物語』では、そうして遊んでいるうちにおもちゃを壊してしまう場面も登場します。

  儺やらふとて、犬君がこれをこぼちはべりにければ(源氏物語)
  (鬼を追い払うといって、犬君がこれを壊してしまったので)

 鬼といえば角や牙のあるおそろしい様子を思い浮かべる方も多いと思いますが、もともと鬼は目に見えないものとされていました。『古今和歌集』にも姿のない鬼が引き合いに出されています。

  めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ(古今和歌集 仮名序)
  (目に見えない鬼や神も感動させ)

 「本当に大切なものは目に見えない」とよく言われますが、嫌われ者の鬼も本当は目に見えるものではなく、私たちの心の中にいつの間にか忍び込んでいるものなのかもしれません。

 地主神社でも2月3日は「節分祭」を執り行い、鬼を追い払う福豆をまいて厄除け・開運招福・病気回復を祈願いたします。厄除守や福豆も授与いたしますので、ぜひご参拝ください。

  春さればまづ咲くやどの梅の花ひとり見つつや春日(はるひ)暮らさむ(万葉集)
  (春になれば真っ先に咲くわが家の梅の花を見て春の日を暮らしましょう)

 立春の前日にあたる節分は、冬から春へと移り変わる節目のとき。地主神社の梅もみずみずしいつぼみがふくらみ始めます。冬の間にたまったけがれを祓い、新鮮な気持ちで新しいいのちが芽吹く春を迎えましょう。おしあわせに。


平成23年1月「えんむすび初大国祭」「石笛」「成人祭」
新年あけましておめでとうございます。

 「笑う門(かど)には福きたる」といいます。門(かど)は、家そのものや、そこに住む家族のことですが、もとは、家の玄関口の意味です。そんな家の入り口で歳神さまをお迎えする門松に用いられる松は、冬になっても緑を絶やさないことから不老長寿の神木とされてきました。

  一つ松幾代(いくよ)か経(へ)ぬる吹く風の音の清きは年深みかも(万葉集)
  (一本松はどれほどの時を経てきたのだろう。吹く風の音が清らなのは深い年月を重ねたからだろうか)

 また、竹も常緑でまっすぐ伸びることから聖なる木として祭祀などに用いられました。

  竹玉(たかたま)を繁(しじ)に貫(ぬ)き垂れ(万葉集)
  (神様を祀るときに使う竹玉を多く貫き通して)

 そして、いつまでも豊かな緑をたたえている松や竹と同様に、時を経ても同じ形をとどめている石や岩もまた、永遠の命を持つと考えられていました。『古事記』には、末長い繁栄への願いを込めて「石長比売(いはながひめ)」という名前の姫を嫁がせる場面があります。

  石長比売(いはながひめ)を使はさば(中略)恒(つね)に石(いわ)の如く常磐(ときは)に堅磐(かきは)に)
  (石長比売をお使いになると、(御子の寿命は)永久に石のように変わることなく)

 ところで、永遠の命を持つと考えられている石で作られた楽器に「石笛」があります。地主神社には縄文時代から伝わる石笛があり、三が日に執り行われる「えんむすび初大国祭」では、この石笛を奏でて歳神さまをお呼び申しあげます。
 お祭に参加された方には、無料にて「開運こづち」をお授けしており
ます。地主神社では大国さまをお祀りしていますが、願いを掛けると宝物が出てくる打ちでの小づちは大国さまが携えておられる小づちにも通じるものです。

 また、1月第2月曜日には「成人祭」が執り行われ、境内は華やかな振袖を身につけた新成人の女性たちでにぎわいます。かつて女性の成人式は「裳着(もぎ)」といい、12〜13歳頃に初めて大人と同じ衣裳を身につけ、髪型も大人と同じように結い上げるものでした。

  「御裳着のこと、世に響きて急ぎ給へるを」(源氏物語)
  (裳着のことは世間でも評判になってお急ぎになっているので)

 『源氏物語』の昔から、華やかな女性の成人式は注目の的となっていたようです。
 そんな華やかな若者たちに宮司が「成人としての心がまえ」「良縁のいだきかた」を語りかける言葉は、毎年大きな支持を得ています。今年成人を迎える方はもちろん、すでに成人となられた方も、ぜひ心新たに耳を傾けてみてくださいませ。
 本年も皆様に素晴らしいご縁がございますように。おしあわせに。

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